ヒカリくんの四十九日が過ぎて五日経った。4月26日にわたしのところから消えてしまったヒカリくんはいつまで経っても戻ってきてくれることはなく、わたしは世界の中にひとりぼっちで取り残されたまま梅雨を迎えた。湿度は日に日に高くなってゆき雨のせいで外は寒い。相変わらず夜は眠れず昼間は眠く、ちょっとだけ学校にはいけるようになったけど(と、いっても四十九日の少し後から試験期間に突入していたので半ば強制的に通わされてる感がある)特に楽しくはない。
四十九日とは仏教用語で、亡くなってから49日間のあいだ、魂は7日おきに閻魔大王による審判を受けて、そして49日目に極楽浄土に行けるかどうかの最終判断が下されるのだといいます。
ヒカリくんはトッキュウジャーが解散したあと世界のどこでなにをしているんだろうって毎日考えていると背中に重いものが乗っかったような息が苦しいようなずーんとした気持ちになって憂鬱になる。
わたしはヒカリくんのことがとても好きだったので、ずっと何があってもヒカリくんのそばにいて、力になれなくても良い、無力でも良いから、でも盾くらいにはなれるからと思って、絶対絶対いつだってヒカリくんの味方でいるし、味方でいたいし、味方でいられないわたしなんてヒカリくんにとっては敵と同じ存在だって思ってた。ヒカリくんが作中で、ショーの劇中で傷つけられて、倒れて、それでも立ち上がるたびに、どうしてヒカリくんがこんな思いしなきゃいけないのって思ってた。ヒカリくんの苦しみをわかってあげたい。ヒカリくんは傷つかなくていい。傷つくのは私だけでいい。ヒカリくんの痛み、苦しみを全部代わってあげたい。
そう思っていたのに、わたしは4月26日からヒカリくんの傍にいることができなくなって、ヒカリくんはもしかしたら世界のどこかで独りで苦しんでいるのかもしれないって思うといてもたってもいられなくなる。
わたしにとってヒカリくんは生きる意味だった。自分がどんなに個人的な事情で辛くたって、苦しくたって、ヒカリくんはもっと辛いことだってあるし苦しいことだってある。痛めつけられて、ヒカリくんはそれでも立ち上がる。おばあちゃんとお母さんを守りたいっていう強い気持ちで何度でも戦ってる。そんな強いヒカリくんの背負ってるものに比べたら、わたしの背負ってるものなんて到底ちっぽけでしかない。だからせめてヒカリくんの力になりたかった。
でもヒカリくんのいない今、ヒカリくんが世界を救ってくれて、そしてヒカリくんが重荷をやっと下ろせた今、わたしは達成感を得たけどその代わりに生きる意味を見失ってずっと虚無の海を泳いでいる。毎日ぼんやりして、ことあるごとに最悪だな、と思ってる。ヒカリくんは救われた。でもわたしは、わたしひとりでは何もできないし、ヒカリくんみたいにみんなに救ってもらうこともできない、そんな資格もないから本当に最悪だ。
そしてヒカリくんの現状がわからないから、勝手にわたしはヒカリくんは救われて戦いから解放されたと思ってるけど、本当はそうじゃないのかもしれない。わたしの知らないところでまだヒカリくんは孤独に戦っているのかもしれない。傷ついて、涙して、それでも強い想いで立ち上がっているのかもしれません。ヒカリくんは本当に強いよ。だって何度倒されたって立ち上がれるもんね。すごくかっこいい。そんなヒカリくんが大好きです。
でもわたしはヒカリくんがたとえいま戦っているのだとしてもその様子を見守ることも、ほんの小さな力で背中を押すことすらできない、見えないから、見ることすら許されていない。どうしてそのヒカリくんをわたしは助けられないのかな。わたし何か悪いことしましたか? そうだね、悪いことをたくさんしたから、ヒカリくんを救う資格すら、生きる意味を見出す資格すら剥奪されてしまったのかもしれません。
ヒカリくんごめんなさい。わたしがちゃんとしてないから、わたしは次元を超えられない。世界や、時間軸や、空間の壁を突破できない。わたしは弱い存在です。本当にごめんなさい。わたしがもっと強くて、真面目で、きちんとした存在だったら千秋楽っていう区切りなんかに阻まれずにずっとヒカリくんのことを応援し続けられたのかもしれない。
もっと頑張るから、わたしはこの世界での苦しみと、逃げずに向き合うからお願いだから神様わたしにヒカリくんの今の姿を見えるようにしてください。
そう思って毎日自分の内面と向き合ってもう四十九日と五日が経ちました。
ずっと納得いかなかった。わたしは寝る場所にも食べるものにも学校にも仕事にもさして困らずに生きてるのに。死のうとしたら止めてくれる友達や医療費を払ってくれる親や親身になって話を聞いてくれる主治医もいるし、のうのうと生きてるのにどうしてヒカリくんが死と生の瀬戸際に立たされなくちゃいけないんだろう。
ヒカリくんを戦わせてる敵が憎い。そう思って、たくさんたくさんトッキュウジャーという作品について考えました、その思考過程が過去の記事たちです。
考えれば考えるほど、ヒカリくんのどこにも歪みのない強さが、まっすぐな想いが、眩しくて。とても眩しくて。わたしはすごくヒカリくんのつらさを肩代わりしてあげたかったけど、それは不可能で、応援することで辛うじて背中を押すことしかできないみたいだったから、そうしてました。ヒカリくんの荷物を軽くしてあげることができない罪悪感でいっぱいでした。わたしはすごく無力で、でもそんなわたしにもヒカリくんは、ありがとう、と、それが大多数のひとりでしかなくたって、ありがとう、って言葉をくれました。
そんな優しいヒカリくんのことをわたしは裏切った。もっとわたしが強かったら千秋楽なんて関係なくずっとヒカリくんの背中を押し続けられたかもしれないのに。わたしが弱いからです。
弱いからだってことはわかっているけど、いまはただただ、千秋楽という壁が憎い。どうして終わりがあるんだろう。わたしの気持ちに区切りなんてついていないのに酷い。千秋楽なんてなければずっと毎週末ヒカリくんを見て、傷ついても立ち上がるヒカリくんを見て安心してわたしももっとヒカリくんみたいに強くなろう、ヒカリくんがこんなに頑張ってるから頑張ろうって思えたのに。
千秋楽はおそらく試練です。でもその試練は弱いわたしには強靭な試練すぎて、今すごく心が折れそうになってる。どうしたらいいんだろう。
ヒカリくんは間違いなくなんの罪も犯していないから、きっと極楽浄土的なところに行けているでしょう。本当に良かった。
きっとこれからだんだんいろんな人がヒカリくんのことを忘れていく。もう忘れている人も多いはず。そんな中でもわたしはヒカリくんのことを絶対に忘れないし、ヒカリくんのことを想い続けます。横浜流星という存在がヒカリくんから脱皮してしまったから、ヒカリくんはいま実体を、依代を持たない魂の存在で、誰かがヒカリくんのことを考えていないと現世からは存在がきっと消えかかってしまう。だからわたしがヒカリくんのことを常に考えていればいいんです。そしたらヒカリくんの魂は現世に残っていられるかな。
でもこれってただのエゴだな。ヒカリくんにどこにも行ってほしくないから必死にヒカリくんのこと考えてるだけで、ヒカリくんの気持ちなんて考えてない。ヒカリくんはどうしたいんだろうか?考えてもすぐに答えが出てこないからきっとわたしはヒカリくんのことをちゃんと理解できていない。最低です。ヒカリくんのファン失格です。もっとヒカリくんのこと理解できるように頑張る。ヒカリくんの考えていること、気持ち、感情、ヒカリくんそのものにはなれなくても、ヒカリくんに限りなく近いものを自分の中に持てるように。
わたしは弱いから少しでもヒカリくんに近づいて強くなりたい。
これはきっと罰なのです。
淀んだ世界をもがきながら、苦しくても生きて、ヒカリくんを裏切った罰を償います。ごめんなさい。それでも許されるなら、ヒカリくんのことまだ好きでいたいです。好きでいてもいいですか。
きっと返事がないのも罰でしょう。