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舞台、俳優DD、サブカルかぶれ等

いまメンズ地下アイドル業界で何が起きているのか

(本記事は5月6日に第二十八回文学フリマ東京で刊行予定の同人誌に収録される原稿のプロトタイプです)

 

 TRANPが恵比寿LIQUIDROOMでワンマンライブをやるらしい。というのは相当に衝撃的な話だ。なぜなら、TRANPははっきり言ってメンズ地下アイドルオタク以外には全くと言っていいほど世間の誰にも知られていない存在で、その上CDを1枚も出していないからである。

 TRANPはメンズ地下アイドル業界ではそこそこのカースト上位に位置するグループだ。渋谷WOMBでワンマンライブをやったり、渋谷WWWXで主催公演を打ったりするくらいの人気がある。しかしメンズ地下アイドルの現場に行かない人がTRANPについて知りたいと思ったとき、ほぼ全くと言っていいほどネット上に情報はない。彼らはワンマンライブで500人超を動員するグループであるにも関わらず、公式サイトを持っていないのだ。発信源はTwitterとたまに更新されるYouTubeだけ。単独名義でCDを出したことは過去に一度もない。よって当然ながらTRANP名義による流通盤としての音源も存在しない。1曲だけ「Firstgram」がネット配信されている。他には「BOYS NEON」のコンピレーションCDに「TRANCE UP!!」と「朝顔」が収録されているのみだ。

 では彼らはなぜそこまでの集客があるのか。 それはひとえに最近の10代~20代が過剰なまでにSNSに適応していることが挙げられる。 メンズ地下アイドルのオタクは、当然ながら大半が10代~20代の女子たちだ。彼女たちは公式サイトのプレスリリースがなくともTwitterやインスタグラムをチェックしてメンバーの動向を把握できる。その辺りのアンテナが、これまで音楽業界が恐らくターゲットにしてきたであろう「アイドルファン」とは比べ物にならないくらい強くて、だから公式サイトにメンバーの一覧を載せたりアーティスト写真を載せたりする必要もなく、Twitterの固定ツイートに毎月のライブ予定を掲載しておくだけで問題なく現場がまわっている。チェキが1枚いくらなのかも解らないし、特典会のレギュレーションすらも解らない。オフィシャルサイトが無いからだ。それでも何故か彼女たちは強烈な引力でもってメンズアイドルに引き寄せられる。

 これは裏を返せば、過剰なまでの「現場主義」がもたらした結果であるともいえる。現場に行かなければ何も解らないということは、インターネットで「何となく知った」的な層の好奇心を拒絶している気配すら感じさせる。現場に行ってお金を使っている層が一番えらいということを突き詰めていくと、内向的になっていき、そしてアイドルとは切っても切り離せない、アイドルがパブリックな存在であることすらも「何者かを説明することの放棄」で拒絶しているようにも思える。 こういうアイドルグループです、というコンセプトの説明すらネットの海のどこにも無いのだから。

 ではそこまで内向的なのになぜ恵比寿LIQUIDROOMでワンマンが打てるのか。 もちろんリキッドが全てというわけではないが、アイドルに限らずインディーズで音楽の道を志すアーティストの中にLIQUIDROOMワンマンがひとつの目標である人は多いだろう。数々のアイドルやアーティストが涙を呑んで立ち向かってきたLIQUIDROOMという場所で、CDを1枚も出していない何者かもよくわからないアイドルがワンマンをできるのはなぜなのかというと、チェキの力である。

 これはもはや有名な話であるが、メンズ地下アイドルはチェキで集金をしている。物販メニューにチェキしかないアイドルも少なくない。というか中堅~地底くらいのメンズ地下アイドルの物販メニューにはほとんどチェキしかない。メンズ地下アイドル全般において、音源を売っているというグループが異常に少ないのだ。 同規模程度の女子地下アイドルの対バンに行っても、並居るグループはほとんど物販メニューに音源をそろえている(CD-R等であっても)。

 メンズ地下アイドルのオタクの中にはJKリフレ嬢や風俗嬢が多いことももはや有名な話なのでいちいち解説する必要もないが、とにかくそういう人たちがチェキを撮りまくっており、そのお金がアイドルの売り上げになっているのだ。

 これまでのアイドルの中にも「接触商法」で批判されてきたグループはあった。何を隠そうAKB48だってそうだ。しかし彼女たちには一応の「体裁」があった。元おニャン子のプロデューサーで作詞家という肩書きの秋元康がいて、よく練られた楽曲があって、CDがあった。そこに握手券がついているというだけの話で、オタクたちは曲がりなりにも「音楽を買っている」という体裁を持ってアイドルに貢いでいた。まあそんなの上っ面の話で、CDは大量廃棄されたりしたが、音楽という表現手段を持つことで彼女たちは歌番組に出たりチャートにランクインしたりすることができた。それは市民権を得るために、そして芸能人として生きていくためにとても大切なことだと私はいちオタクとして思う。 女子地下アイドルにおけるいわゆる「楽曲派」ブームだって、結局おじさんたちはカワイイ女の子が好きなのに音楽を聴くという「体裁」で恥ずかしさを上書きしているんじゃないか、といった指摘が散見された。100%でないにしろ、その指摘は間違ってはいないだろう。とにかく00年代~10年代のアイドルは「体裁」の時代だった。

 しかしメンズ地下アイドルの地獄の釜のフタを開けてみればどうだろう。そこには「体裁」らしきものが全く見当たらないではないか。これはTRANPに限った話ではなく、ほぼ全てのメンズ地下アイドルに当てはまる話なのだが、 「諭吉→チェキ券→過剰接触」という流れがあまりにもシンプルで、ストレートすぎる。 例えばCDを出していたり、とにかく何かしら外向きに発信する気持ちがあったりと、現在の音楽業界や芸能界における「アイドル」の道を踏襲する気があるならば、「夢に向かって頑張ってる〇〇くんを応援する」という「体裁」もとれるだろう。だが全くもってそんな気配が見えないアイドルも多いのだ。これは本当に謎すぎる。彼らが頑張る目的が、かなりあからさまに「アイドル」というより「お金」に直結してしまっているのだ。

 長々と書いてきたけど、要するに、メンズ地下アイドル業界はすごいことになっていて、音源もないし何者なのかもよくわからない人たちがチェキの力でLIQUIDROOMまでのし上がってきてるという話である。 当然ながらこのエントリを掲載したら「チェキだけの力じゃない、ライブも面白い」といったような批判がくるだろう。しかし彼ら自身がそれを外向きにあまり発信していないから、そもそも音楽的な観点で話をすることができないのである。CDがあればまた違った観点で書けることもあるだろう。

 こういう謎の状態にあるのはTRANPだけではなくて、例えば絶好超団☆LoVeをはじめとするPiPiPi所属アイドル(いわゆる「永田界隈」)も公式サイトを持たず単独名義での流通CDも出していないという状態で活動している。メンズ地下アイドルにおいては「あるある」なのだ。オタクも特に皆疑問に思っている様子はない。(思っているのかもしれないがそれがあからさまに不満として噴出するようなこともない)

 私は個人的に、TRANPのことを「悪気のないBiS」と呼んでいる。掲示板で繋がり(ファンや他アイドル等との個人的交流や身体の関係)を暴露されたりと悪い話題に事欠かないという印象を持っているのだが、本人たちは決して露悪的な路線で売っているわけではないことが非常に不思議なのだ。ライブを観ていても何かふつーに爽やかだなという感じで掲示板の荒れようはちょっと想像がつかない。しかしスキャンダル的なトピックスの打撃の強さで言うならば他のメンズ地下アイドルとはちょっと一線を画している部分があるのだ(メンバーによるハメ撮りではないかと言われる、明らかに児童ポルノに該当するであろうわいせつ写真が掲示板に晒されたりとか)。

 いまメンズ地下アイドル業界で起きていること、それは「音楽業界が取り組んできたアイドルコンテンツ」の敗北であり、CDの敗北、ひいては音楽の敗北であり、既存のアイドルというフォーマット、みんなが勝手にこうでなければならないと思っていた「アイドル」の敗北なんじゃないかと私は思う。

 これまで、アイドルは芸能事務所とレコード会社が組んでプロジェクトを進めたり、あるいは野心あるプロデューサーがアイドルの卵を集めてインディーズからのし上がっていこうとするものだった。 特にアイドルとレコード会社の関係は昭和の時代から切っても絶対に切り離せないものだったし、そのおかげで日本人の大半には「アイドル=レコードやCDを出す」という固定観念があったと思う。しかしメンズ地下アイドルは、もう全然そんなの知ったこっちゃねえという感じで、ステータスをチェキに全振りしているのだ。資金収入がほとんどチェキという状態で恵比寿LIQUIDROOMまで辿り着いてしまうのだ。

 結論としては、チェキはすごい。メンズアイドルの営業もすごい。