I READ THE NEWS TODAY, OH BOY

舞台、俳優DD、サブカルかぶれ等

#もえのシチュCD修行 その2<VANQUISH BROTHERS 第四夜 マサムネ>

  昨日このエントリーを上げたところ、普段書かないジャンルであるにも関わらず予想以上の反応が返ってきて驚いた。どうやらVANQUISH BROTHERSは一部でカルト的人気を誇っているらしく、 RT先を見に行くと「フォロワーが6000人もいるツイッターアカウントでVANQUISH BROTHERについて発信していただいて本当に嬉しいです。ありがとうございます。」「フォロワーのフォロワーのすっごい面白いフォロワーぐらいだと思ってホーム飛んだらフォロワー6800人ぐらいいて体調崩した 6800人のTLにVANQUISH BROTHERSの感想記事を叩きつけたの……?」という感情がデカい上に忙しいツイートが散見され、普通にウケた。

plus14.hateblo.jp

 VANQUISH BROTHERSは他の作品も相当にヤバい要素を持っているらしいので、とりあえずプロらしき人の記事で紹介されているうち一番狂っていると思しき作品を聴いてみることにした。 こういうコンテンツは狂っているゾーンから攻めていくに限る。

kano-oozk.hatenablog.com

 さて、本作に登場するマサムネは端的に言って電波を受信しているヒトである。実際に遠くでパトカーが走っている音に対して真剣に「今度は不審な音を傍受したぜ……」と言っている、完全に統合がご失調なされている方であり、いくらアンダーグラウンドを中心に消費されているシチュエーションCDジャンルといえどもかなりギリギリの線ではないだろうか。

 彼がどうしてこのような誇大妄想狂になってしまったのか真剣に考えてみたのだが、自らに対してなされた「マサムネ」というトンチンカンな命名が引き金になり、自らを伊達政宗的なすごい力のある人だと思い込んだ上に、ドーパミンが過剰に分泌されてしまいこのような残念な結果になった……としか思えないのである。時代が時代なら私宅監置案件なので、現代の比較的自由な精神医療制度に感謝、圧倒的感謝。というか兄弟のうち誰でもいいので彼を精神医療に繋げるべきだと思う。さもばくばハートネットTVとかで「若年者における統合失調症由来の妄想の実態とは」みたいな感じで特集されそうですから……

VANQUISH BROTHERS 第四夜 マサムネ CV.浪川大輔

VANQUISH BROTHERS 第四夜 マサムネ CV.浪川大輔

 

  マサムネはなぜか作中で終始ヒロインのことを「ダークマター」であると定義し、彼の説明によると「ダークマターはこの世のどんな物質とも反応しない超レア素材であり、弟とゲームをやっているうちにわかったのだが、宇宙レベルのレア素材といえばお前のことじゃね? 俺は選ばれし者だし、他の奴らには見ることのできない敵と戦っているので、お前がダークマターだったとしても全然関係ねえし、この竜眼の力があれば見えないものも触れないものも勝てないものもない。俺が右目に竜の力を宿した時点で家督を継ぐのもお前を手に入れるのも運命だった」(要約)とのことである。どうですか、この本物の電波。全然わからない。中二病という範疇を逸脱した電波。本シリーズでは「ヒロインの初夜を奪ったものが家督を継ぐことができる」というそれも一種の電波だねといった感じの設定がなされているのだが、マサムネの発言から推測できることは彼の電波世界においては正直そんなことは取るに足りていないんじゃないかということのみである。

 「電波萌え」(この場合、エロゲ「雫」などにみられる本当に毒電波に操られてしまっている系のものではなく、単に電波系の性格のキャラクターに萌えることを指す)というジャンルは一応萌えの歴史において成立をみており、ちょっと懐かしの「電波女と青春男」なんかはその典型であるが、この「VANQUISH BROTHERS 第四夜 マサムネ」は明らかにそのようなライトノベル等の文脈から切り離された、異質な電波系キャラの造形なのである。「○○っぽい」とも、「○○に影響を受けている」とも定義することができず、強いて言うならガロ系漫画の文脈とでも言ったところか。

 「片目に眼帯をしている中二病」というキャラクター類型はしばしば見られるものであるが、この作品はシナリオの突飛さ、脈絡のなさが悪影響をもたらしたがゆえに中二病という優しい解釈で済ませることができず、結果として聴いたときの印象からするとマサムネは本当に危ない人になってしまっているのが妙といったところだろう。

 あとトラックリストの上で2.が「お前は俺の暗黒物質」になっているのがどうしようもなく面白いし、良い感じのムードに持っていくときのセリフが「お前のバリア破壊してやっから、な?」なのもどうしようもなく面白い。

 しかし、私はこのマサムネに対して一概に「頭のおかしな人」として切り捨てた批評をすることができない。なぜならば、彼の抱いている「妄想」は私たち聴き手、つまり乙女系コンテンツ消費者にとっての「妄想」と不可分のものであり、石丸元章氏が著書「覚醒剤と妄想」で述べた言葉を引用するならば、「他人の妄想を嗤うな。」という点に最終的には行き着くからである。 私たちもまたこのCDを聴くときに妄想世界への没入を楽しんでいるのだ。

 さらに、覚醒剤脱法ドラッグ使用により"妄想気分"を体験したことのある石丸元章氏は、妄想についてこう述べている。(著書内では対談形式で記述がなされている)

牛丸 かつて妄想世界に深~く陥ってしまった自分の実感としては――妄想者てのは、「世界との意味的な関係が壊れてしまった人たち」のことを言うんじゃないかと理解しているんだよね。そして同時に、妄想てのは、「世界との意味的な関係を再び修復しようという努力である」(中略)難しいかな。通常ヒトは、世界と安定した意味的な関係を結んでいるんだよね。カラスが鳴いたら「ゴミ収集所が漁られないかな」と考えるとか、皆が共通して理解できるような意味において、いろんなことを思ったり考えたりしてるんだ。

あけぼの ですよね。

牛丸 カラスの鳴き声に対し、この世界を読み解くための重大な意味があるのだろうか? とか、じゃあウグイスの鳴き声にはなぜ意味がないのか? なんてことをいちいち深く考えたり、悩んだり、迷ったりすることはないわけ。(中略)なぜか?というと、必要がないからだね。カラスの泣き声と世界の秘密が結びついていないことくらい、大抵の人は、日々の経験とか学習を通して知っている。せいぜい気にするのは、ゴミ収集所のこととか、ベランダに巣を作られないかとか、そういうことだよね。

あけぼの そうですよ。

牛丸 どうでもいいことを、どうでもいいと感じられるのは、オレたちと現実の世界が安定した意味的関係で結ばれているからなんだよ。たとえば、目の前の信号が赤だったら、「いまは渡ってはいけない」と(考えて)――立ち止まる。(中略)ところが、妄想のはじまりにおいては、こうした安定した世界との意味的関係が一気に崩壊しちゃうんだ。

あけぼの 一体どうなるんです?

牛丸 怖いぞ~。楽しくなることもあるが、たいていはものすごく怖い。

  この「妄想気分」にマサムネが陥っているとすれば、ヒロインを「ダークマター」と呼んで自らの妄想世界に引き込もうとするマサムネの行動にも納得がいく。彼はどちらかといえば、家督争いのためではなく「世界との意味的関係」を取り戻すためにヒロインを自らの壊れた妄想世界に無理やり引き込み、そして性的繋がりを持とうとする。

 その点からして、本作はかなり切ない性質も持ち合わせているのである。

 しかし本作が怪作であることに間違いはなく、彼の妄想気分に付き合えるか否かという点で相当に聞く人間を選ぶ性質のある作品であることにも間違いはない。なぜこんな怪作が商業流通で発売されてしまったのか、そしてなぜこの怪作に電波系についての識者からの言及がなされていないのか、とにかくそれは"謎"の一言に尽きる。

 相当に面白いし正直言うと笑顔になれるので、是非元気のない人に聴いて欲しいなと思うのでありました……。