昨年7月に観劇した「K -Lost Small World-」でも安西くん演じる伏見猿比古は父親の亡霊につきまとわれる(という他者に原因を発する妄想)せいで頭の中にいろいろ沸いてる人の役をやってるんですが、リアリティが、すごいね。「幽霊」でも本当にビョーキ(性病だけど…作品世界では死に至る病と認識していたので)の青年の役をやっているので、安西くんって何かずっと病みっぱなしだな~と思ってしまったのですが、それだけ上手いってことだよなあ、しゃーない。
前作のリードトラック「TOKYO BLACK HOLE」で地獄、死、絶望という重厚なテーマをリスナーに盛大にぶつけた大森は、今作では人種、戦争、愛、神という、例えるならやや国連っぽいテーマにグレードアップし、一般層からすれば耳触りもかなりよくなったと思う。アルバムを通してこの傾向は変わらず(後述するが)、これは大森靖子なりの「売れたい宣言」なのか、「脱・メンヘラの神」なのかはわからない。それとも大森の情動が単に今作ではそっちに傾いているだけなのかもわからない。何はともあれ、大森の音楽史の中で「kitixxxgaia」を分類するならば、間違いなく「売れ線」寄りではあると思う。
最近、小室哲哉が提供曲を乱発している気がする。BiSHにも曲作ってるし、超特急の「スターダスト LOVE TRAIN」とか(こちらはコテコテのTK節が堪能できる)、果てはアニメ「パンチライン」のキャラソンまで作っているらしい。……借金が、返し終わらないんだろうか……。そんな邪推はいいとして、小室哲哉の曲にいきなり「カリスマ全滅」という詞をあてたり、「スーパーの袋からはみだすネギだね あたしの才能」という詞をあてられるのは大森靖子だけだろう。大森靖子は、ロックだ。
昨年秋のTOKYO BLACK HOLEツアーで観客に「オリオン座」を斉唱させたように、この1曲にはいまの大森靖子が歌いたいことが詰まっていて、それは出産を経て得たであろう生への喜びであったり、「いろいろあったけど、世界は美しい」ということであったり、そのままストレートに「最悪でも幸せでいようね」というメッセージだったりするのではないかと思う。それは冒頭「ドグマ・マグマ」で提示した「神」としてのスローガンであり、この曲はいわば「宗教・大森靖子」としてのテーマソングなのだ。真摯に伝えたいことを歌う1曲だからこそシンプルな構成で6分間も聴かせる音になっているのだろう。
大森靖子はアルバムのラストナンバーになる本曲で自らが望む世界の形をはっきりと表明し、まさしく大森靖子の創造する「キチガイア」観として完結させた。曲においても「Hey Joy,ur my friend 平常に生きてる」部分にみられるような独特のリズム感は健在で、三拍子から四拍子へのトリッキーな変化も軽々こなす。ただ、この曲がラストに来ることで、結局「kitixxxgaia」で歌いたかったことは大きい愛とか大きい世界とかであって、大森靖子はそういう人なんだと思われてしまうと、やや損をしてしまうんではないかといらぬ心配をしてしまう。
総評
大森靖子は、メジャーで出した「洗脳」「TOKYO BLACK HOLE」を経てとうとう神になってしまった。これまでは個人的な憎悪とか個人的な愛とか外食で好きな人に会うと気まずいとか割とそういうことを歌ってきていた大森だったが、本作ではかなり圧倒的なスケールアップを達成したことになる。以前大森靖子はどっかで自虐的に「私の歌詞にはトイレがよく出てくるらしい」と言っていたが、まさに脱・トイレを果たしたのだ。
やはり、アルバムとしては前作「TOKYO BLACK HOLE」に比べると全体的にかなりパンチが弱まった印象を受けた。しかし、歌っている内容が確実に売れ線に近づいていることは事実だった。例えば「ブルースを捨てたら空っぽになってしまうけど君が好き」と歌った「超新世代カステラスタンダードMAGICマジKISS」だったり、「ねえ私消えたくない/カラオケにお金も払いたくない/留置所って歌うたえないんだって」と歌った「■ックミー、■ックミー」だったり、ラストに「教室には34の塊が/出し抜かないように見張り合って/外の世界を拒んでいる」と内向的な世界を歌った「少女漫画少年漫画」だったりと、空虚・破滅・閉塞の色がやや強かった前作だけに、「神」になった大森が創造した世界は「たのしいアイドル」観や地元の友達やダメ女子の片想いといった普遍的なことであり、それはもしかすると、大森が内心強烈に望んでいたことなのかもしれない。神になった大森靖子が望んだのは、意外と普通のことだった、というのが「kitixxxgaia」で大森靖子リスナーの得られた結論だったのだ。
最後の「Over the sweat and tears」の合唱で、不覚にも私はまた泣いてしまった。歌詞で謳われているように、彼らには無限の夢と、輝く未来がある。このうるわしき青春の1ページに、私は立ち会えたのだ。がんばれ、総北高校。がんばれ、箱根学園。そう思いながら泣いていた。2時間半を通して放たれた、圧倒的な「青春力」の前に脳みそが麻痺してしまったのだ。その青春力は、キャストたちの輝きであり、舞台をつくりあげた人々の努力なのだ。(もちろん、この舞台の裏側を知ってしまえば、この想いは一気にさめるであろう。だから私は、自分の通う舞台に、あまり感情移入できないのかもしれない)そしてTOKYO DOME CITY HALLを半分ほど埋めた客席を見ながら、今日1回だけ来たオタク、それも誘われてふらりとやってきた私のような人間から、この1回を心待ちにし、日々の暮らしを一生懸命やってきたオタク、全通してこのペダルこぎたちとおたがい青春を捧げあっているオタクもいるんだと考えると、なおさら涙があふれてきた。この会場には、青春がつまっているのだ。みんながんばっているんだ。私はリタイアした自らを恥じながら、「Over the sweat and tears」をきいて泣いた。